ロシア モスクワで結成されたモダンジャズトリオ «LRK TRIO» が2020年3月に来日公演を行いました。Kobe Modern Jazz Clubの井上太一さんにレビューをご寄稿いただきました。
三月、ロシアのピアノトリオが神戸の街にやってきた。ピアノにEvgeny Lebedev、ベースがAnton Revnyuk、ドラムはIgnat Kravtsov。三人の姓の頭文字をとって、その名もLRKトリオという。
LRKトリオは、抜群に音色が美しい。
音色が美しいのは演奏技術があるからだ、という見方もあるだろう。音楽を技術で評価する人は多い。もちろん、三人の演奏技術は世界的に見ても最高の部類に入ると言える。圧倒的な音の速さと密度によって、劇的な緩急でもって楽曲が進行する。とくにその爆音は、そのまま音楽のスケールの大きさにつながっている。しかし、彼らの音色の美しさは、技術の卓越という話だけでは語ることができない。その美しさの真髄とは何だろうか。
先ず感じられるのは、そこに描かれる情景の美しさである。そっと目を閉じて、彼らの音楽を聴いてみよう。するとたしかに、果てしなく広がる大地の自然美や、そびえ立つ街並みの荘厳さが鮮やかに想起されるようだ。ここではないどこか、新しい世界をそこに感じる。これはきっと、ロシアの風景ではないだろうか。私は彼らの音楽を聴くと、ロシアという国の持つ風土の美しさをこの目で見てきたような気分になる。
そして同時に、あぁ、この三人は自らの生まれ育ち、暮らしてきた土地や空気を本当に愛しているのだなぁ、と感じる。音で描き出される情景の緻密さが、愛の深さを物語っているだろう。彼らの音楽がもつ情景感の奥には、その情景を愛する心の美しさがある。
ではなぜ、彼らは情景や愛の美しさをそのまま音楽に表現することができるのだろうか。日本の情景が美しくないわけではないし、私たちもそれを愛しているはずである。
そもそも、美しさ、とは何かを考えてみよう。もちろん、人によって語る言葉は異なるだろう。しかし、ひとつには「純粋さ」が挙げられるのではないだろうか。すなわち、美しさとはピュアであることだ、という言い方ができる。LRKトリオの音色が抜群に美しいのは、彼らが音楽に対して極めてピュアだからではないかと思う。音楽に向かう姿勢が美しいからこそ、その音も美しくなる。純粋に、いい音楽を奏でたい。美しいものや、愛するもののことを描きたい。そんな音楽や表現をめぐる自らの欲望に対して、純粋であること。彼らの音楽と、音楽へと向かう姿から、そんなことを感じた。
すると、音楽や表現に対してピュアになるにはどうすればいいのか、と思う人がいるかもしれない。このように考えている時点で、おそらくその試みは失敗しているだろう。往々にして、ピュアであろうと思えば思うほど、ピュアではなくなってしまう。なぜならば、純粋であろうとする、その作為的な思考が既に純粋ではないからだ。だから、純粋であるためにはどうすればよいか、などと考えるのはやめて、ただ黙ってLRKトリオの音楽を聴こう。美しい音の泉に身を投げよう。そうすれば、純粋とは何か、などと考える間もなく、気が付けばピュアに心を洗われているかもしれない。
32th Kobe Modern Jazz Club
“LRK Trio Plays URBAN DREAMER”
令和2年3月7日 神戸・中華会舘 7F 東亜ホール於
文 :井上 太一
写 真:村田 太
井上太一
1996年生まれ、神戸市在住 Kobe Modern Jazz Club若手会員 神戸大学人間発達環境学研究科にて教育学を研究する傍ら、茶房ヴォイスでレコードに傾聴する日々を送る。
LRK TRIO
https://www.lrktrio.com/
Instagram @lrktrio
Facebook @LRKtrio
YouTube LRK Trio
Evgeny Lebedev (Pf)
Anton Revnyuk (B)
Ignat Kravtsov (Ds)
2015年、ファーストアルバム『Open Strings』をリリース。当初はEvgeny Lebedev / Anton Revnyukという名義であった。2017年リリースのセカンドアルバム『If You Have a Dream』よりドラマーのIgnat Kravtsovを含むLRK TRIOの名義となった。このセカンドアルバムはロシアの市場向けにButman Music Recordsよりリリース、ノルウェーのLosen Recordsによって全世界にリリースされ、Russian Music Critics Unionのジャズリリースオブザイヤーを受賞した。