近年、ロシア映画の人気が急上昇中?!
きっかけは『T-34 レジェンド・オブ・ウォー 』 という独ソ戦(第二次世界大戦)を扱った戦争アクション映画。ロシア本国で記録的ヒットとなっただけでなく日本におけるロシア映画の観客動員、興行成績を塗り替えました。
今回、Japan-Russia News映画部メンバーが11月に上映されたロシア映画『セイビング・レニングラード 奇跡の脱出作戦』を鑑賞。『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』と同じ独ソ戦の、“レニングラード包囲戦”と呼ばれる戦局を扱った作品です。まもなく、その包囲が解かれた“解囲記念日”の1月27日を迎える前に、本作のレビューを通じてレニングラード包囲網に注目してみましょう。

これはレニングラード攻防戦で本当にあった、真実の物語。張りつめた緊迫感で“奇跡の脱出作戦”を描く戦争サバイバル・アクション大作登場!!
1941年9月、ソ連第2の都市レニングラードは、ドイツ軍に包囲された。激しい攻防戦が続く中、200万の市民には飢餓の危機がせまる。ソ連軍はラドガ湖を夜間に渡り、市民を避難させる作戦を立案。老朽化した荷船752号は1500人の人々を満載し、ドイツ空軍が制圧する水域に出航するが―。
『セイビング・レニングラード 奇跡の脱出作戦』[原題:Спасти Ленинград]
- 監 督:
- アレクセイ・コズロフ
- 出 演:
-
アンドレイ・ミロノフ・ウダロフ
マリア・メルニコワ
アナスタシア・メルニコワ
ゲラ・メスキ
バレリー・デグテヤ
セルゲイ・ザーコフ
イワン・リチコフ
ウラディミール・セレズノフ
ミクハイル・モロゾフ
インガ・オボルディナ - 製 作:
- 🇷🇺ロシア (2019)
※本レビューにはネタバレが含まれます。鑑賞前の方はご注意ください。
Japan-Russia News映画部
Медведев(メドヴェージェフ)
男性、年配、映画通
Зайцева(ザイツェヴァ)
女性、音楽通、ミーハー
Масару(マサル)
男性、若者、体育会系、映画は素人
さて、みなさん、鑑賞後のご感想はいかがでしたか?
: 最高でした〜!『T-34』とはまた別の次元で〜。
: おいらは、そもそも独ソ戦の知識がないから、なぜそうなったのかとか、どこで戦っているのかも分らなくて・・・。どうして、ドイツ軍は執拗なまでにこの街を攻撃したの?
: そうじゃな、ロシア人には常識ということもあり背景があまり描かれてなかった。当時、レニングラードは、KV重戦車を製造するキーロフ工場を中心とした一大工業地だったんじゃ。バルト海の沖に浮かぶクロンシュタット島というのも、ソ連バルチック艦隊の母港。ナチスドイツがこの街を制圧する戦略的な意義は、十分すぎるほどあった。
: それに、レニングラードって、共産主義旗揚げの地だったんだろ? スターリンにとっても死守しなきゃってとこだろうね。
: 私の場合はそんな街の風景を見てるだけで、もう幸せでしたよ。モスフィルムの中でも撮ってたとは思うけど、今のサンクトペテルブルグでロケしても、当時の服装とクラシックカーがあれば、それなりに1940年代を再現できるところが、あの街の、ロシア映画のすごいところ。

: でもさ、のっけから「ああ、タイタニックか」ってところから入って、予想を超えるストーリーではなかったかなあ。
: 私は『タイタニック』好きでないから(むしろイライラ)、楽しめたのかも〜。
: ロシアのサイトやレビューを読んでおると、本作は最初「悲劇のバージ752(трагический рейс Баржи 752)」というタイトルだったのが、今のタイトルに変更された、みたいな訳知り顔の投稿もある。
: そうなんだ。ならバージ船にフォーカスして、もっと『タイタニック』寄りに突っ走っても良かったと思うけどね。作品としていろいろ徹しきれてなかった。荷船752号の悲劇に加え、前線の戦闘と、ナースチャの親父さんら反乱分子のこととか、いろいろ盛り混んじゃって、どれも中途半端。それぞれ深堀り出来そうな、面白い要素、伏線になり得たのに惜しいなぁ。
: まぁ、総じて言えば、『タイタニック』+『ハクソー・リッジ』+『ダンケルク』と足して、4で割った感じか。

: 4分の3??(笑) ちょっと1に足りないのはどこかしら?
: ロシア戦史の素人にはピンとこないとこが多いところかなあ。そもそも、このバージでの脱出作戦って、けっこう包囲戦のショッパナの頃でしょ? なんで、いきなり、あんなに無理して1500人もの市民を脱出させなきゃならなかったのさ?
: 脱出できた市民はまだましだったほうじゃ。1年後には、スターリンの「一歩も下がるな!(露:Ни шагу назад!)」の命令が下され、その後、レニングラード包囲戦は凄惨を極めたのじゃ。
: レニングラード包囲戦は、1944年の1月27日まで続く。この映画の後のほうが、よほど悲惨な状況があの街では繰り広げられたのね。
: 戦局のはじまったあの時点で、1500人もの大脱出をソ連側はなぜ画策したかというと、これはソ連軍のやりがちな手ではあるが、プロパンガンダとして成功例をぶち上げたかった、ということもあるのかもしれん。
: 作曲家のショスタコービッチも反ナチスの広告塔にされたって話は聞いたことがあるわ。彼はレニングラード出身(出生時サンクトぺテルブルク)だし、”レニングラード”として知られる交響曲第七番の作曲をしながら街の消火隊としても活動して、その姿が海外のメディアで大きな反響を呼んだんでしょ。
: 市民は、戦意発揚に利用されたのか。だから、出航待ちのところなんか、バケーション感っていうか、キャッキャしちゃって、ヤバイ状況という描き方はしてなかったのかな。
: 私の疑問は初歩的なことなんだけど、戦場でなんでブーツを脱いだ裸足の兵士がいたの?
: そうだね。あれら一連のシーンに、どれほどの意味があったのだろうかと考えてしまったよ。
: 実際に戦場でゲートルを巻かずに奮戦した勇士のことが逸話になっているとか、裸足の戦士がレニングラード包囲戦の伝説になってるのかもしれん。そのあたりは、日本人の我々には分かりにくい演出だった。
: それよりさぁ、ラドガ湖って湖だろ、あんなに荒れるものかね?
: ラドガ湖については、折しも「RUSSIA BEYOND」に記事が出てたわね。
参考:RUSSIA BEYOND
: 記事によると、4万年以上前に巨大な隕石が地球に衝突したことで形成されたのがラドガ湖。水深が233mと海並みに深いがゆえに危険な嵐が頻発し、最大6メートルに達する波が発生することもある、と。映画の中の描写はけっして大げさではなかったのだろう。
: なるほどー。無駄な解説が映画の中でなくて良かったわ。さりげない表現、役者の表情だけで完結させてるとこがこの映画の良さよね。
: 音楽的には、どうだったんじゃろ? ショスタコーヴィチの交響曲第7番は、時期としては後だから、この作品の中で流れるのも時代考証的にはオカシイからのお。
: 船上のピアノで弾いてた曲、懐かしい感じがしたけど、それっぽく作られたオリジナル曲かな〜。ショスタコの7番は流れてなかったと思う。
ちなみに私の知人が所属するオーケストラの2020年のプログラムが、ハチャトゥリアン/映画音楽「スターリングラードの戦い」、ショスタコーヴィチ/交響曲第7番「レニングラード」なんですって。 よかったら、みんなで聴きに行きましょう。
オーケストラ・ダヴァーイ 第14回演奏会
http://orch-davai.com/concertinfo
- ■演 目:
-
ハチャトゥリアン: 映画音楽「スターリングラードの戦い」組曲
ショスタコーヴィチ: 交響曲第7番「レニングラード」 - ■指 揮:
- 森口真司
- ■日 時:
- 2020年8月29日(土) 13:30開演(13:00開場)
- ■場 所:
- ミューザ川崎シンフォニーホール
- ■入場料:
- ¥1,500(全席自由席)
: ところでさ、もうすぐレニングラード解囲記念日じゃん。毎年1月末にサンクトペテルブルグでは、この日を記念して、「命の道マラソン」ってのが開催されてんだよ。おいらも走ったことあるんだ。

: 地図の左の先にサンクトペテルブルグ、右はしがラドガ湖ね。
:「命の道」というのを解説しておくと、ドイツ軍に包囲されたレニングラードへ結氷したラドガ湖上を馬橇の輸送部隊が氷上を通って物資を送り届けた。その氷上の連絡路を「命の道」(Дорога жизни ダローガ・ジーズニ)と呼ぶようになったのじゃ。物資が運び込まれる他、市民の脱出にも使われ、1942年までの冬季の152日間に市民51万4千人、負傷した兵士3万5千人が脱出したと伝えらえておる。

: そっかー、おいらが走ったのは、その「命の道」へ通じる市内からラドガ湖を結ぶ幹線だったんだ。
「命の道」マラソンのFINISH地点には「命の花」のモニュメントがある。
この映画を観た後だと、レース当日に軍の給食車が出てたのも、今思うと感慨深い。

: 命の道マラソンとはなかなか良い体験をしておるの。わしはシュリュッセリブルグという、スタート地点の下の方の河口部分にある街を訪ねたことがある。この町は、ナチスがラドガ湖まで到達し、包囲を完成させた地点であり、後の1943年に赤軍によってこの街が奪還されたことでレニングラードの完全開放の端緒となった、包囲戦の象徴のような街じゃ。
街にあったモニュメント(画像右下)には、この街がナチスに封鎖されていた期間1941-1943が刻まれておった。
今は湖畔の小さな街で、ワシが行ったときは、老人たちが河口の氷に穴をあけて釣りを楽しんどった。

: まるでブリューゲルの絵のような、のどかな風景ね。
: この人々の親たちが、命の道で氷上輸送のため、氷の高射砲陣地や氷のガソリンスタンドまで作っていた。寒いところでロシア人相手に戦争しても勝てないと思わされる。
参考:ニコニコ動画
: 「命の道」はそんな中、市民の命を繋いだ重要な補給路だったんだ。だからなのか、このレースに出走したとロシアの友人に話すと「Молодцы!(=Well done!)」とすごく褒められる。
: ロシア人、特にサンクトペテルブルグの市民にとっては、特別な思いがあるのでしょうね。あとね、映画の中で私が分からなかったのは、秘密警察みたいな男の人が、最後「エストニア政府」云々とロシア兵に言われて車に乗り込んでたけど、エストニアやバルト三国との関係も複雑だったのかしら?
: НКВД(NKVD)、内務人民委員部、スターリンの秘密警察じゃな。エストニアは大戦直前にソ連邦に無理やり併合され、独ソ戦が始まるとナチスに制圧される。レニングラード包囲が始まったこの時期は、ソ連内に亡命政権があった可能性はあるが、少なくともエストニアの地には同国政府はなくなっていたはず。
戦争の後半には再びソ連の支配下におかれるのじゃが、ナチス、ソ連双方に兵隊にとられたエストニア青年同士が銃口を向けあうという、悲しい歴史を持つ国なのじゃ。
参考:Breeze of the world by 坂本航司
: 彼はエストニア人だったってことかな。最後に、「エストニア」という名称を出してきたあたりも、なにかしらのタネ明かしの意味合いがあったのか?
: 歴史的背景をよく知るロシア人観客に対しては、あのキャラをエストニア人とすることで、何か意味付けできたのかもしれん。
:そのあたりは、また、ロシアの知人との映画談義の折にでも話題にして、盛り上がりたいわね。
:映画ひとつで、いろんなことが勉強になったよ!
(完)